キスを、しようとして、できなかった
そういう流れになって、二人の顔が近づいた。相手は目を閉じてた。私はキスしようとして、できなかった。一センチの手前で、止まった。キスさえできない自分がいた夜の話。
そういう流れになって、二人の顔が近づいた。相手は目を閉じてた。私はキスしようとして、できなかった。
顔が近づいたとき
デートの帰り道、相手が急に立ち止まって、私のほうを向いた。
夜の街灯の下で、相手は目を閉じた。私は、ああ、これか、と思った。これが、キスをする、ということか。
相手の顔が近い。鼻先が触れそうな距離。私は、息を吸って、顔を寄せて、そして、一センチの手前で止まった。どうやればいいのか、私には分からなかった。 まっすぐ寄せるのか、少し傾けるのか。唇をどうすればいいのか。その「やり方」が分からなくて、私は固まってた。
三秒の沈黙
三秒くらい、止まった。
相手は目を開けて、「ん?」という顔をした。私は「あ、ごめん」と言って、後ろに下がった。あの三秒で、私は「キスできない人」になってしまった。
その後、二人とも気まずくて、駅まで無言だった。解散するとき、相手は「今日はありがとう」と、いつもより小さい声で言った。それが、最後の会話になった。
やり方が分からないのは、悪いことじゃない
あとから、あの夜のことを考えると、自分が情けなくて仕方ない。
でも、一つだけ分かったのは、キスのやり方が分からないのは、恥ずかしいことじゃない、ということ。私が恥ずかしかったのは、「分からない」をその場で言えなかったことだ。
もしあの三秒のあと、「ごめん、キスしたことなくて」と言えてたら、相手は何か違う反応をしてくれたかもしれない。私は「分からない」を隠したくて、顔を止めて、黙ってた。 黙ることが、いちばん気まずくさせることを知らなかった。
で、今はこうしている
今は、分からないことを、その場で言うようにしている。
「こういうの、慣れてなくて」と一言言うと、相手も手を引いてくれる。 キスのやり方も、経験が少ないことも、言ってしまえば、相手は教えようとしてくれる。
キスをしようとして、できなかった夜。私は「やり方が分からない」ことを、恥ずかしがって、黙って、相手から逃げた。
キスができないことより、分からないことを言えないことのほうが、ずっと遠回りだった。 あの三秒で、私は黙ることを選んで、相手を失った。今度は、言葉にする。
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