「また連絡しますね」を待った四日間
「また連絡しますね」のあと、既読無視かもしれない連絡を四日間待った私の話。既読だけで脈なしと決めず、相手の意図が分からないまま待っていた時間を書く。
別れ際に「また連絡しますね」と言われた。
その言葉が、私はけっこう嬉しかったです。
向こうから言ってくれたので、少なくともその瞬間の私は「また連絡が来るかもしれない」と受け取りました。
実際には、そのあと四日間、連絡は来ませんでした。
「既読無視は脈なしなのか」と考えながら待った
検索するなら、たぶん「既読無視 脈なし」みたいな言葉だったと思います。
でも、画面から分かることは限られています。
既読が付いたこと。
その時点では返事が来ていないこと。
相手がどう思っているかまでは、私は知りません。
当時の私は、その分からない部分をずっと考えていました。
一日目
普通に過ごしていました。
まだ一日だし、向こうにも予定がある。
ただ、通知が鳴るたびに一瞬見ていました。
それは自覚がありました。
二日目
このあたりから、画面を見る回数が増えました。
トーク画面を開いて、自分が最後に送ったメッセージを読み返す。
何回も読み返す。
あの文面、変じゃなかったよなを確認しに行っていました。
何回読んでも、答えは増えませんでした。
三日目
ここで一回、こちらから送ろうか迷いました。
軽い写真か何かを口実にしようとして、
口実を探している自分が嫌になって、やめました。
「忙しいだけかもしれない」と思う一方で、
「もう来ないかもしれない」とも思っていました。
どちらも推測です。
四日目にやったこと
四日目に、私はひとつだけ決めました。
いったん、待つのをやめる。
「もう脈なしだ」と確定したわけではありません。
四日が何かの基準だったわけでもありません。
ただ、私は四日間ずっと、通知が来るかどうかに自分の時間を預けていました。
その日のうちに、トーク画面を閉じました。
消してはいません。
開かないようにしただけです。
「また連絡しますね」の意図は、今も分からない
あの言葉が本気だったのか、社交辞令だったのか。
あとで気持ちが変わったのか。
私は知りません。
私に分かるのは、その言葉を聞いた私は期待したということだけです。
そこを相手の意図と混ぜると、ずっと答えのない推理を続けることになる。
今はそう思っています。
今は、待ち時間を減らすために自分から一度言う
今なら、また会いたいと思っているときは、解散時かその後の連絡で一度だけ具体的に言います。
また都合が合えば、前に話してた店に行きたいです。難しければ大丈夫です。
これで返事が来る保証はありません。
相手の反応を操作できるとも思っていません。
ただ、私が「また会いたい」と思っていたことは、相手任せにせず一度伝えられます。
それでも返事がなければ、私は待つのを続けない。
これは脈を判定する方法ではなく、自分の待ち時間を終えるために選んでいる方法です。
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